1.「例示は理解の試金石」by『数学ガール』

『数学ガール』という本があります。数学を題材とした小説です。

この『数学ガール』の中に、「例示は理解の試金石」という言葉が出てきます。

《例示は理解の試金石》——これは、僕たちが大事にしているスローガンだ。 抽象的なことや複雑なことを「理解した」かどうかを試すには、 「例を作る」のがいいという意味になる。 理解しているかどうか不安になったら、例を作ろう。・適切な例を作ることができたなら、自分は理解している。・適切な例を作ることができなかったら、自分は理解していない。

第33回 驚異のシグマ(前編)|数学ガールの秘密ノート|結城浩|cakes(ケイクス)より)

「例示は理解の試金石」という言葉のポイントは、この引用にわかりやすく表現されています。抽象的なことや複雑なことを学んだら、それを理解したかどうかを試すために、自分で理解を作ってみるのがよい、ということです。

2.例示が理解を促す

(1) 法律を学ぶときも活用できる「例示は理解の試金石」

『数学ガール』は数学について「例示は理解の試金石」と述べます。でも、この「例示は理解の試金石」は、数学以外にも広く妥当します。とくに、抽象的なものと具体的なものの間を往復することが必要な学問分野において、大きな力を発揮します。

法律は、抽象的な法規範を具体的な事例にあてはめて結論を導く、という構造を持っています。法律は、抽象的なものと具体的なものの間の往復が必要な点で、数学と共通します。そのため、法律の学習にとっても、「例示は理解の試金石」は、大きな力を発揮します。

たとえば、民法109条「代理権授与の表示による表見代理」の解釈論を学んだら、「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した」とはなんなのか、「その代理権の範囲内」とはなんなのか、あるいは「その責任を負う」とはどういうことなのか、具体的に例示してみます。

たとえば、民事訴訟法114条「既判力の範囲」の2項について学んだら、「相殺をもって対抗した額」をどのように考えるのか、具体的なケースを例示してみます。

適切な例を作ることができたら、理解できている、ということです。適切な例が作れなかったら、自分は理解できていない、ということです。

(2) 「例示が理解を促す」

法律を学ぶときは、「例示は理解の試金石」を実践することをおすすめします。自分で具体例を作れば、自分が理解できているか否かを、きちんと判断できます。自分が理解できていることと理解できていないことの区別は、法律学習を効果的にすすめる上で、大変役に立つ情報です。

でも、例示の効果は、理解の試金石にとどまりません。私が実感するのは、「例示が理解を促す」ということです。つまり、学んだ抽象的な解釈論について、自分で具体例を作ってみると、適切な具体例が作れたときも作れなかったときも、抽象的な解釈論に対する理解が深まる、ということです。

たとえば、民法95条「錯誤」の解釈を学んだら、「法律行為の要素」についての具体例をいくつも作ってみます。売買契約や賃貸借契約、和解契約などを具体的に想定して、「法律行為の要素」に錯誤がある場合とない場合を複数作ってみると、たとえば、「意思表示の内容中の重要な部分に錯誤があるかどうか」というのがどんな意味があるのか、がわかってきます。具体例を作ることで、理解が深まります。

これに対して、自分で具体例を作ることなく、基本書やコンメンタールを読むだけでは、理解はあまり深まりません。

法律の解釈論を学ぶときは、「例示は理解の試金石」と「例示が理解を促す」を大切にして、自分自身で具体例を作ってみることが大切です。